遺言の必要性

遺言は「いごん」とも言い、平たく言えば死者の遺すメッセージのことです。
遺言ないし遺言書と言うと、何か特別なもののように考える人も多いようです。

● 遺言は、財産をたくさん持っている人が書くもので、そうでない場合は特に必要ない。

● 遺言は、死の間際に親族に口伝えすればよく、わざわざ遺言書を書く必要はない。
● うちは親族が皆仲が良いから、遺産があっても円満に話し合えるから遺言なんて必要ない。

上記のような考えをしている人も多いようですが、本当にその考えで正しいでしょうか。
もちろん、遺言書は法律に義務付けられたものでもなく、「法定相続人」は読んで字の如く法律で決まっているので、遺言がなければ遺産を分けられないというわけではありませんが、事実、遺言を遺さずに亡くなったがために、遺族の間に深刻なトラブルが起きるケースはひじょうに多いのです。

いざ遺産が入るとなれば、少しでも多くと思うのが人情です。
例えば、兄弟同士で争いたくないと考えて譲歩しようとしたところ、配偶者から横槍が入り、トラブルに発展するケースは多く見られます。

また、死ぬ間際に確かに遺言を聞いたと言う人が現れ、仮にそれが真実だとしても、後からそれを聞いた人は「そんなことを言うわけがない」などと主張したり、「認知症だったのだから本心ではない」などの反論も起きえます。

また、遺産が多かろうと少なかろうと、「法定相続人」にお決まりの分配をすればそれで全員が納得するかと言えば、そうはいかない場合がむしろ多いのです。

例えば、法定相続人が被相続人の「妻と男子2人」である場合、妻に2分の1が分配され、残りの2分の1が2人の子に均等に分配されます。
こういったケースで、例えば長男はお父さんの世話をしていたが、次男は家にもろくに寄りつかなかったといったことがあると、長男のほうに多く分配したいと思うのが普通でしょう。
しかし次男のほうは、遺言が無いのですから承服しないことも十分にありうることです。

さらには、実の子よりもお父さんの面倒を見てくれたような人がある場合、この人はこの場合法定相続人ではないので1円ももらえないわけですが、亡くなったお父さんとしても生き残ったお母さんとしても、この人にいくらかあげたいと思うのではないでしょうか。

それならば、死ぬ前にそういうことを遺言書にしておけばよいことになります。

さらには、「慈善団体に寄付をしたい」とか、「息子に財産を譲りたくない」とか、被相続人が独自に考える相手に譲りたいとか、その逆に、法律上は相続を受ける権利を有する人を廃除するとかも、遺言によって可能になります。

また、「ペットの世話をしてくれ」とか、「身体の不自由な子供の世話をしてくれ」などの”依頼事”も遺言できますし、財産を多く譲る代わりに上記のような世話をしなさいという「負担付遺贈」もできます。

「家を継ぐ長男には自宅を譲るが、嫁いだ娘には現金を多めに与える」といったような、相続人ごとにその人が持つにふさわしい”品目”を指定することもできます。

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